Exemple

ネパール現地報告ブログ #03

ネパール大震災緊急支援


ヨタム・ポリツァー ネパール震災緊急支援プロジェクトリーダー
現地報告ブログ #01 2015/4/28
By Yotam Polizer – Nepal Head of Mission


瓦礫の下に閉じ込められた生存者を見つけた瞬間は、これまでのどんな経験とも違うものだった。
ネパールの首都とその周辺エリアを襲った震災発生から5日後、私はかつてゲストハウスだった建物の残骸の奥深くにいた。

イスラエイド(IsraAID)の行方不明者探索救助チーム(Search and Rescue SAR)チームは、現在、現地の人や国際援助活動隊から「イスラエイドサイト」と呼ばれるようになったカトマンズのゴンガブ(Gongabu)エリアで、それまでに既に数日間の救助活動を行っていた。

ここ数日間を振り返ってみると、まるで感情のジェットコースターに乗って、高い場所と低い場所、そしてその二つが複雑に入り組んだ場所を走り続けていた感じがする。現地で出会った、家族の行方を探す14歳の男の子Prabadが、瓦礫に妹の遺体を見つけた瞬間もそうした高まる感情と落ち込みの両方を一度に感じることになった(現地ブログレポート#02参照)。

昼夜なく仕事を続けていると、簡単に時間の感覚をなくしてしまう。災害というものは一つ一つ全く異なり、それぞれに特有な状況がある。しかしそんな中でも、イスラエイドの緊急支援には共通する原則がある。尊敬と尊厳を大切にし、そして地元のコミュニティとともに活動を行う、ということだ。

この原則は紙の上では、ただ美しい言葉として聞こえるだろう。しかし、これまでイスラエイドチームの一員として、フィリピン、日本、シエラレオネ、そして一番最近ではヴァヌアツ等の被災地で活動を行う中で、この原則が本当に大きな違いを生むことを強く感じている。
ネパールでの日々の振り返りセッションでは、現場で起こっている現実への適応の速さ、という我々の強みを再認
識した。さらに身軽に動ける状態で現地入りしたため(地元のリソースにアクセスしやすくするため)、時間との戦いとなる状況にも、非常に柔軟にスピードをもって対応することができた。

しかし、この物語はそこでは終わらない。

探索救助作業は、我々だけではできないことはわかっていた。このエリアでは新参者だったが、まずは近所の人たちについて知ることに時間をかけた。名前だけでなく、我々の入った「イスラエイドサイト」にある高い瓦礫の山に埋まった22人の人たちの背景にあるストーリーを知ろうとした。
そうしたのち、私たちは生存者や遺体を探すという辛く重いタスクをスタートさせた。既に震災発生から5日が経っており、正直なところ、あまり楽観的な気持ちにはなれなかった。
しかし、崩壊した建物の住人の一人だった16歳の女の子のSumiには、どこか私たちに希望を与える雰囲気があった。鮮やかなピンクのジャケットを着た彼女は、大好きなおじさんが、行方不明の22人の中にいると話してくれた。
Sumiは、常に我々のチームのそばにいて、飲み物を差し入れたり、一緒におしゃべりしたりして助けてくれた。彼女もまた大きなショックの中にあり、不安と心配を感じていた。

住民と話をすると、災害のインパクトが徐々に心に侵食していくなか、感情的、心理的サポートがとても重要であることは明らかだった。今、緊急に必要なのは、食物、水、衣服、住む場所だけではない。自分の家に戻り、持ち物を集め、過去ときちんとお別れすることも、災害にあった個人やコミュニティが長期的に回復する上では、非常に重要になってくる。

イスラエイドは、世界中の災害被災地で、被災後何年もかけて心理社会支援を提供してきた。これまでハイチ、日本、フィリピン、イラク、ヨルダン、西アフリカと南スーダンといった場所で行ってきたことを、ここネパールでも行おうとしている。

しかし、頻繁に起こる余震の中、ここのように人口密度の高い都市エリアでは、被災した家に帰ることは非常に困難で危険である。イスラエイドの探索救援チームのリーダーのEran Magenが、まず、Sumiの住んでいた建物の構造的ダメージをアセスメントした。そして私たちはSumiが瓦礫の中から、一番大事にしていたもの−家族の写真や、教科書、そして子供時代に大事にしていたクマのぬいぐるみ−を見つける間、一緒についていてあげた。

その間もずっと、チームは我々の数フィート下で活動を行っていた。

突然、瓦礫の下から何か聞こえる、という声が上がった。本物?それとも想像か?

チーム全員が集まって耳をすませた。

すると、そこでかすかな音がした。

そうして初めて、誰かが生きたまま中に閉じ込められているかもしれないと気づいた。

我々は即座に追加支援を要請し、そこから5時間の間、130人の国際的な探索救助の専門家の素晴らしいチームをリード、コーディネートし、また地元機関と連携しながら夜通し作業を続けた。メキシコ、ノルウェーのグループが密に一緒に働いてくれた。また、フランスのチームは、「ライフスキャナー」という装置とともに参加してくれた。驚いたことに、その器械は心拍音を探知してくれるのだ!

我々は、ぐちゃぐちゃになった針金や、壊れたパイプ、コンクリートの板をどけながら、何百人もの地元のボランティアの助けを借りて、石を一つ一つ注意深く取り除いていった。近所の人たちがバケツや箱など、迅速に安全な救助パスをつくるために役に立ちそうなものは何でも持ち寄って集まってきてくれた。

コミュニティが、サポートのために一体となった。

食べ物や間食、水の差し入れなど、サポートの流れは絶えることがなかった。彼らは皆、今まさに全てを失い、いまだ路上で防水シートの下で生活しているというのに、信じられないくらい親切だった。

予断を許さない作業が進むにつれ、どこかから呼吸の声が聞こえた気がした。

「誰かいますか?」ともう一度呼んでみた。
“Duka cha.”

「怪我をしています」という女性の声が聞こえた瞬間、言葉も出ないほど驚いた。
その瞬間、今まで感じていた疑いは完全に消え去った。確かに奇跡は起こるのだ。

すぐさま、私はその女性を元気づけるよう試み、なるべく動かずに、静かに落ち着いているように伝えた。我々は彼女に近づけるように、瓦礫の中に深い通路を開けた。ひとつのミスや誤った力で、脆い瓦礫の層が崩れ、我々の上に崩壊する恐れがあった。

Eranは廃墟の中深く這って、我々の作業に指示を出し続けた。すると彼は一人の男性の遺体が行く手をふさいでいるのを発見した。
我々は注意深くその遺体を取り出すと、その遺体の男性が誰だったのだろうかと考えた。その遺体は明らかに、今助けようとしている女性のためのクッションとなって、彼女の命を救うためのエアポケットを生み出してくれていたのだ。

すぐに家族が遺体の身元確認を行った。その男性は、Sumiの大切なおじさんだった。

重要な局面に差しかかり、チームは迅速に作業しなくてはならなかった。ついに、そこに若い女性の姿が一瞬見えた。医療チームを呼び、水分補給と状態安定させるための点滴を注意深く差し込んだ。

数分待ったのち、彼女に名前を尋ねた。すると「Krishna」という答えが返ってきた。
すぐに、Krishna Deviが24歳で、地震発生時に地元のゲストハウスで働いていたことを確認した。

Krishnaと同じ24歳の探索救助チームメンバーのInbal Bustanが、その後数時間彼女のそばにいて、あと少しで全てが終わる、と勇気づけ続けた。
長く、緊迫した救助作業だったが、このプロセスに参加した何百人もの人々との間に生まれた仲間意識を忘れることはないだろう。異なる服や肌の色をまとい、近い所から遠い所まで様々なところから集また人たちが一体となった素晴らしい瞬間だった。一つの命を助けるために、我々は一つになったのだ。
救助作業の最後のステージの準備が進む中、我々は同時にヘブライ語、ネパール語、英語でカウントダウンを始めた。

次の瞬間、私たちはKrishna Deviを瓦礫の下から救い出した。

Sumi、16才

Sumi、16才

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